『養老孟司の人間科学講義』養老孟司

 ちくま学芸文庫。
 科学(自然科学)というものは、20世紀前半まで、物質とエネルギーをその対象としていた。その科学に、情報という観点を付加させて、「ヒトとはなにか」を論じるものを「人間科学」と呼ぶことにし、その人間科学について書かれたのが、本書である。ここで「情報」という言葉が何を指すのかが重要になってくる。ヒトは二つの情報系を持つと言う。脳(社会)=意識を通した情報世界(例として言葉を挙げている)、そして細胞と遺伝子=無意識の情報世界。脳と言葉の関係は、細胞と遺伝子の関係と同一であり、言葉、遺伝子は情報である。情報は変わらない、と著者は説く。変わるのは実体である。かつて科学はこの実体を対象に進んできた。例えば顕微鏡に見える細胞のひとつひとつは異なるものである。その中に核が見える。さらに倍率を上げるとDNAが見える。このDNAは他の細胞のDNAと区別できると見れば、これは実体である。しかしここに書き込まれた塩基配列はもはや情報なのである。実体は差異化を求めるのに対し、情報は同一性を求める。情報が変わらない、という意味は、つまりこういうことである。諸行無常は実体世界の話なのだ。
 私が書くと、どうしてこうもわかりづらくなってしまうのだろう。著者はこの辺のことをもっとクリヤーに書いている。このブログは紙幅がないので説明が足りなくなるのだ、というのは私の言い訳である。たぶん私は理解しきれていない、というのが本当のところなのだろう。消化不良ですいません。
 閑話休題。著者はこの情報という概念を重要視する。そしてここで述べた二つの情報系を切り口にして、人間あるいはヒトを読み解いていく。そのやり方は見事で、題材は社会や宗教、性の問題など多岐に亘る。例えば、意識に上らないものを排除していくことで都市化は進み、それは同時に脳化社会とも呼ぶべき世界なのだ、という主張である。
 読んでいて、あっ、今私は騙されているな、と感じるところが多少あるにせよ、この本は実におもしろい。切り口が著者独特のものであるせいなのかもしれない。多くは著者が他の本などでもよく取り上げている話題であるが、とはいえ、それらの主張をひとまとめにして見られる著作は他に見ない(気がする)。著者の考えを俯瞰してみることができるという点でも興味深い。余談だが、著者の本の中で一番わけがわからなくておもしろくなかった本は『バカの壁』である(なぜあんなに売れたんだろう?)。

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shizukiaki

札幌で絵やイラストを描いています。音楽や読書も好きなので、ブログではいろいろなジャンルの投稿をしています。