『プルーストとイカ』メアリアン・ウルフ

 Maryanne Wolf。小松淳子 訳。インターシフト。副題「読書は脳をどのように変えるのか?」。
 普段何気なく読んでいる文字、文章、本・・・。今まで特に気にも留めてこなかったことだが、実は当たり前のことではない。ヒトには本を読むための遺伝子が備わっているわけではない。すなわち本を読むことは生得的にできるものではなく、生まれてからの環境、教育などによって初めてできることなのだ。そのとき脳は文字を読むことができるように、変化していく。そしてその裏では、その過程がうまくいかなかったディスレクシア(読字障害、失読症)と呼ばれる人々が存在する。ディスレクシアの人とそうでない人の文字を読むときの脳の使い方は異なる。ディスレクシアの人は右脳を多く使う。そのせいなのかどうかはわからないが、彼らの中には非常に独創的な人達も多く、過去に目を向けてみると、ダ・ヴィンチ、エジソン、アインシュタインなども、ディスレクシアだったと言われている。アメリカには15%程度のディスレクシアの人がいる。その人達はそれがために悪いレッテルを貼られたりしたりもするらしい。そうであってはならない、と著者は言う。彼らを救うためにできることは何か、ということについても、多くの研究事例を挙げて触れられている。このディスレクシアは本書の後半のテーマである。
 前半部分では、シュメール語やヒエログリフなどの誕生からアルファベットなどの文字につながる系譜を辿り、文字がどのようにしてできてきて、人々はどのようにしてそれらの文字を読むことができるようになったのかについて、考察している。この数千年に亘る読字の歴史は、ヒトが5~7歳の間に文字が読めるようになる過程とパラレルな関係にもなっている。
 ソクラテスは口承と対話を重視して、書字に対して批判的であった。これによって大事なものが失われると考えたせいである。その思いは杞憂に終わったかのようにも見えるが、著者は今の時代こそソクラテスの批判を思い起こす必要があるのでは、と問う。今は、パソコンの前に座り検索ワードを入力するだけで、膨大な知識が得られる世の中である。それによってある種の知的スキル-簡単に言えば考える力-が失われてしまうのではないか。著者の危惧もまた杞憂に終わるのかどうか、それは時代が進まなければわからない。
 最後に題名について。プルーストとイカは、それぞれ読書、神経科学のメタファーである。本書は、脳科学、心理学、教育学、言語学、文学、考古学といった様々な分野の読書(読字)に関する知識を集めた本である。読み甲斐がある。

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shizukiaki

札幌で絵やイラストを描いています。音楽や読書も好きなので、ブログではいろいろなジャンルの投稿をしています。