『物語論で読む村上春樹と宮崎駿』大塚 英志

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 角川oneテーマ21。副題「構造しかない日本」。
 村上春樹や宮崎駿らによるサブカルチャー文学ないしはジャパニメーションが世界化したのはどうしてなのか。それは「構造しかないからだ」と柄谷行人は言った。本書は、著者がこの言葉を噛み砕いて読者に説明したものと言ってよい(実際、本書でそう述べられている)。構造とは主に物語構造を指すが、漫画やアニメでは、作画、演出、動きの上でも構造化(あるいは構成化)されているという。本書の前半では、主として村上春樹の『羊をめぐる冒険』をテキストに、神話学者ジョセフ・キャンベルの「単一神話論」、映画『スター・ウォーズ』との比較を行う形で、村上文学がいかなる物語構造を持っているのかを解説していく。そして後半では宮崎アニメを読み解く形で論が張られている。
 多少著者の強引さを感じないわけではないが、村上や宮崎が、著者の言う物語構造に自覚的であったことを示す事実もあり、著者の指摘は大部分正しいのであろう。本書中には、村上がオウム真理教に対して感じた嫌悪感の背景、宮崎が息子の作品『ゲド戦記』に何を見たのか、についての考察なども含まれており、なかなか興味深いものがある。
 とはいえ、実際のところ私は著者が何を言わんとしているのかが理解できないのである。著者は「構造しかない」物語を批判的に捉えているように見えるが、それがどうしていけないのかについて、私にはよくわからない。さらに言えば、彼らの作品に構造が存在し、その存在故に世界化したということはなんとなくわかるのだが、なぜ「構造しかない」と断言できるのか、よくわからなかった。構造以外の部分って当然あるだろうに。結局、私には難しすぎたということなのか。

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shizukiaki

札幌で絵やイラストを描いています。音楽や読書も好きなので、ブログではいろいろなジャンルの投稿をしています。