『マックスウェルの悪魔』都筑卓司

 講談社ブルーバックス。副題「確率から物理学へ」。
 空気には色んな気体分子が混ざっているし、同じ温度の空気を考えたときでもそれらの分子の速度は速いのも遅いのも色々とある。平均的に速い分子の多い空気は高温になるし、遅い分子の多い空気は温度が低くなる。
 今、ある温度の空気をひとつの容器に入れて、真ん中を仕切りで区切ることにする。その仕切りには分子1個だけを通す穴が空いており、その穴ひとつひとつに悪魔が憑いている。右から速い分子が来たら穴を開けたままにしておき左に通し、遅い分子が来たら穴を塞ぐ。逆に左から速い分子が来たら穴を塞ぎ、遅い分子が来たら穴を通す。そのまま時間が経つと、左の区画には、右よりも相対的に速い分子が多くなり、左の区画の温度が右よりも高くなる。系全体としてエントロピーを下げてしまった!そんないたずらをする悪魔のことを「マックスウェルの悪魔」と呼ぶ。(ふつう、エントロピーは放っておけば上昇する一方なのだ)
 このマックスウェルの悪魔がいれば、新たにエネルギーをつぎ込まなくても仕事をしてくれるので、永久機関ができてしまう。そのマックスウェルの悪魔をめぐる様々な物語あるいは話題を提供してくれるのが、本書である。
 今は懐かしい平和鳥が、なぜいつまでも水を飲んでは休み、水を飲んでは休み、ということを繰り返し続けるのか。お茶はなぜ冷めるのか。超低温はどうやって作るのか。空気はなぜ積もらないか。そんな興味深い話を、エントロピー、自由エネルギーといった熱力学や統計力学の話と絡めて、わかりやすく説明してくれる。
 エントロピーを熱力学の視点からの定義だけでなく、情報科学の視点から定義しているのは目から鱗だった。また、学生時代あれほど理解に苦しんだ自由エネルギーというものを、エネルギーとエントロピーの兼ね合いから説明している件は、本当にわかりやすい。私は昔から熱力学という分野が大の苦手であったが、そんな私にも理解できるように丁寧に書いてある(明日になったら忘れてしまいそうで不安なのであるが、少なくとも読んでいる最中はわかった気になれる)。ひとつだけわがままなお願いをすれば、もう少し数式やグラフなども取り混ぜて説明してくれた方が、私としては嬉しかった。逆に言えば、これだけ数式等を使わずにエントロピーの概念をわかりやすく説明している本は、稀と言ってもいいのかもしれない。
 この本の最終章、話はとても怖ろしい方向に進んでいく。エントロピーの観点からすると、人類の終末はすぐそこかもしれない、というのだ。これは筆者だけの考えではない。「統計力学を専攻する人たちの多くは、そう考えている」と本書にはっきりと書いてある。その主張の論拠は本文に譲るが、他人事で済ませられない論点である。

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shizukiaki

札幌で絵やイラストを描いています。音楽や読書も好きなので、ブログではいろいろなジャンルの投稿をしています。