『これからの「正義」の話をしよう』マイケル・サンデル

 Michael J. Sandel。鬼澤忍 訳。早川書房。副題「いまを生き延びるための哲学」。
 私は「正義」という言葉が苦手だ。世の中に色んな正義がはびこっているから。私の正義とあの人の言う正義は違う。正義はひとつとは限らない。だから、ひとつの正義を押しつけられるのが怖くて、NHK教育テレビで放映していた「ハーバード白熱教室」も見なかった(これは著者が実際に行っている講義を録画したものだ)。
 しかしこの本は想像していたのとは異なり、「正義とは何か」という考えの多様性を認めた上で、それぞれの考え方をきちんと説明していたので、好感が持てた。もちろんその多様な意見を説明したあとで、彼のコミュニタリアンとしての主張も述べられている。それは私の考える正義とは少し違う。でも本全体としてはバランスが取れていると思った。
 正義に関する考え方で重要になる観点が三つあるという。幸福の最大化、自由の尊重、美徳の促進である。この本ではこの三つの考え方を軸にして、正義に関する様々な考え方を見ていく(この他に重要なキーワードとしては、道徳も挙げられる)。取り上げられる哲学者は、ジェレミー・ベンサム、イマヌエル・カント、ジョン・ロールズ、アリストテレス他多数。そして事例は数限りない。5人の人間を助けるためならば1人の人間を殺しても良いか。マイケル・ジョーダンがあれだけの富を得ることは正義か。妊娠中絶は許されることか。「アメリカ製品を買おう(バイ・アメリカン)」は公平か。などなど。そしてそれらを素材にして、いろいろな角度から正義を論じる。読む方としては、どの主張ももっともな気がしてくる。著者はそうやって読者に揺さぶりを掛けてくる。
 個人的にはロールズの哲学に強く惹かれるものを感じたが、著者は彼に対しても批判的だ。著者が正義についてどのように考えているかについては、本書に譲る。
 正義を色々な立場から眺めることができるという点で、良書だと思う。文体も論理的で読みやすい。訳もこなれている。正義が好きな人も嫌いな人も一読の価値はあると思う。読んだあと、著者の主張を受け入れるかどうかは読者次第である。

amazonで見てみる

shizukiaki

札幌で絵やイラストを描いています。音楽や読書も好きなので、ブログではいろいろなジャンルの投稿をしています。