『異常とは何か』小俣 和一郎

 講談社現代新書。
 本書では、異常とは精神障害のことであるとして話を進めている。とはいえ、語源的なものを探っていくと、もともと異常というのはシャーマン(預言者や巫女)のような神秘的・超常的なものを指していたという。それは忌避すべき対象ではない。それが時代を追うと魔女狩りなどに象徴されるようにマイナスのイメージで捉えられるようになり、近代以降は病としての異常という概念が生まれ、今に至っているという。このことからもわかるように、異常という概念は歴史的にも地理的にもさまざまに異なる幅を持っており、何が異常で何が正常かということは一概に述べられることではなく、単純な対立概念として捉えるべきではない、と著者は述べる。端的に言えば、異常、正常という概念は、多数派、少数派の論理で決定されるのだ、と。
 また、異常には正常さの欠如による異常と、正常さの過剰態としての異常とがあり、著者は過剰態としての異常を重要なものとして考えている。例えば、几帳面、生真面目で責任感のある仕事熱心な人はメランコリー型という性格に分類され、それ自体、日常的には悪い人とは言えないが、その度が過ぎると(真面目さが過剰になると)、鬱という異常な状態になってしまう。さらに著者は、この真面目すぎる状態(正常さの過剰)が、アウシュヴィッツの異常さの中心であるとも考えている。ホロコーストというと、戦争の狂気だとか狂人の所業だとかいう風に切り捨てる風潮があるが、問題はそこだけにあるのではない、という主張である。実際、ホロコーストを黙々と実行していた人間らが、必ずしもユダヤ人に対して強い迫害の意志があったわけではないことが、各種調査の結果わかっているという。ただし著者は、ホロコーストの「本当の」異常さはどこにあるのかについて、うまい具合に言及を避けている。
 また本書では、自殺撲滅運動や新型インフルエンザ騒動、さらにはメタボリック・シンドローム騒動に見られるある種のおかしさについても考察している。
 全体的に、本書での問いの立て方はなかなかに興味深く、おもしろいものに感じた。しかしその反面、それらの問いに対する答えには物足りなさを感じたのも事実である。かなりいいところまで攻め込んではいるものの、詰めが甘い、という印象を持った。異常とは何かについての問題提起の本だ、と割り切ってしまえば、そう悪くはないのかもしれないが。

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shizukiaki

札幌で絵やイラストを描いています。音楽や読書も好きなので、ブログではいろいろなジャンルの投稿をしています。