『現象学ことはじめ』山口 一郎

 日本評論社。副題「日常に目覚めること」。
 本書は、現象学を提唱したフッサールによる哲学を中心に据えた、現象学の入門書である。優しく丁寧な語り口で、ゆっくりと順序立てて説明してくれてはいるのだが、内容は決して易しくはない。入門書とはいえ、この本を理解できるのなら、次は専門書にあたってもいいと思えるくらい、核心に迫った本である。
 私には現象学がどんな学問なのかを説明する力はないが、本書の冒頭には、「現象学は、特に私たちの日常生活を重視する哲学といえます。」と述べられてる。実際、章の立て方を見てみると、「数えること」「見えることと感じること」「時がたつこと」「変わることと変わらないこと」「想い出さずに、想い出されるということ」「気づくことと気づかないこと」といった具合に、日常生活を過ごしていく上で接している世界をテーマに据えていることがよくわかる。
 この本の何が難しいのか、というと、現象学独特の思考方法にもあるが、専門用語の多さによるものが一番である。もちろんそれらの用語は本書の中できちんと説明されてはいるのであるが、それを理解せずに読み進めていくと、例えば「原地盤での時間化が、原触発を通して生起し、この原触発は、原初の匿名的間身体性として表現される本能指向性によって生じます。」といった文章の意味がわからなくなってしまう。これはどんな本を読むときでも言えることなのかもしれないけれど。
 私はこの本を1回読んだだけでは現象学のことをよく理解できなかった。しかし、最初からゆっくりと真剣に取り組み、本の中を行きつ戻りつしつつ丁寧に読んでいけば、現象学の一端に触れることができるように書かれた本だと思う。私が読んだのは主に通勤列車の中でだったというのは失敗だった。世によくあるなんちゃって入門書の類ではないので、現象学をきちんと学びたい人には良い本だと思う。私もそのうちもう一度読んでみたい。
 蛇足ですが、個人的に一番わからなかったのは、発生的現象学の脱構築の方法論の妥当性と、時間化について述べられた一連の説明の二つでした。

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shizukiaki

札幌で絵やイラストを描いています。音楽や読書も好きなので、ブログではいろいろなジャンルの投稿をしています。