『理性の限界』高橋 昌一郎

 講談社現代新書。副題「不可能性・不確定性・不完全性」。
 副題の3つの言葉は、それぞれ、「選択の限界」としての「アロウの不可能性定理」、「科学の限界」としての「ハイゼンベルクの不確定性原理」、「知識の限界」としての「ゲーデルの不完全性定理」に対応している。
 「アロウの不可能性定理」とは、完全に民主的な選挙制度は存在しないというもの。選挙制度によって、どんなタイプの候補者が受かりやすいかが決まってくるという。例えば、熱狂的支持者も多いが敵対者も多い候補者は、単記投票方式が有利になる。だから現実には、どういったタイプの候補者を選出したいかによって、選挙制度を決めている面があるという。世界中で選挙制度がさまざまに異なっているのは、完全に民主的な制度が存在しないことの裏返しでもあるというわけだ。
 「ハイゼンベルクの不確定性原理」とは、人間の観測には超えられない限界があるというもの。例えば、原子を構成する電子の位置と運動量とを同時に観測(決定)することはできない。
 「ゲーデルの不完全性定理」とは、あるシステムが存在するとき、そのシステムでは真であることを証明できない命題が存在する。また、そのシステムでは自分自身の無矛盾性を証明できない、というもの。例えば、数学というシステムを考えたとき、証明不可能な命題が存在する、ということだ。もしかすると、現在証明されていない数々の数学命題の中には、どんなにがんばっても証明不可能なものがあるのかもしれない。
 これらの話は一見するとすごく難しく見えるかもしれない。でも著者はこれを実にわかりやすい方法で表現している。本書全体がシンポジウムという形で展開されているのだ。そこには、生理学者、国際政治学者、科学主義者、論理学者などの専門家のほか、大学生A、会社員、運動選手といった、いわば素人も登場してくる。そしてその素人にもわかるように書かれているのが、本書なのである。また、上に述べた原理や定理に関連して、囚人のジレンマ、シュレーディンガーの猫、ぬきうちテストのパラドックスといった、興味深い挿話がふんだんに取り込まれていて、読んでいて飽きない。
 新書という形式上、それぞれの理論が深く掘り下げられているわけではないが、詳しく知りたい人は本書の後ろに連ねられている参考文献を読めばいい。この本はそのとっかかりとして実によくできていて、おもしろい。
 ただ、シンポジウムの司会者がカント主義者に対して冷たいのは、ちょっとかわいそうな気がしたけれど。

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shizukiaki

札幌で絵やイラストを描いています。音楽や読書も好きなので、ブログではいろいろなジャンルの投稿をしています。

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