『「聴く」ことの力』鷲田 清一

 阪急コミュニケーションズ。副題「臨床哲学試論」。
 「<聴く>ことを哲学するのではなくて、<聴く>ことがそのまま哲学の実践となるような哲学を構想すること」が、本書のひとつの目的、ひいては臨床哲学のひとつの目的でもある。「聴く」というのは、音楽を「聴く」ことではなく、他人の話を「聴く」ことである。臨床の場で行われる「聴く」という行為は、そういうことである。このように臨床哲学は「聴く」ことそのままが哲学であるという面があるが、その他にも、臨床という場特有の一面がある。それは、普遍的な人に対する哲学なのではなく特定の人に対する哲学であること。さらに一般的な原則から導かれる哲学ではなく、逆にその場その場の事例に基づく哲学であるということである。
 この「聴く」ことは日常における言葉のふれあいの中にもみられるが、精神医学の場面でも重要な意味を持っているようだ。これは「臨床」という言葉からも当然のことなのかもしれない。また、ホスピタリティというものが臨床哲学あるいは「聴く」行為といかに強い関係を持つものなのかということについて述べている一群の論説が、私にとっては印象的であった。臨床哲学云々の話は措いておいても、臨床という場とはいったいどういう場であるのか、というこの本の主題(のひとつだと思うんだけど)は、実に興味深かった。
 鷲田の語り口はとてもやさしく読者を誘い込むのであるが、書かれている内容は意外に難しい。これは以前に読んだ彼のエッセイ『普通をだれも教えてくれない』(私の記事)を読んだときにも感じたことである。一見わかりやすいのだが、全部読んだあとに振り返ってみると、狐につままれたようで何が言いたかったのかよくわからない。それで結局2度読む羽目に陥ってしまったけれど、これは鷲田と私の相性によるものなんだと思う。

shizukiaki

札幌で絵やイラストを描いています。音楽や読書も好きなので、ブログではいろいろなジャンルの投稿をしています。