『動きが心をつくる』春木 豊

 講談社現代新書。副題「身体心理学への招待」。
 昨今の脳ブームで脳がわかれば心もすべてわかる、というような風潮があるけれど、身体や身体の動きこそが心を生んだのではないか。そう著者は述べる。心が大脳の働きによるのは間違いではないが、周辺環境が変化したときにそれに適応するための行動(動き)がまず生じ、その動きによって大脳が発達してきたのではないか、と考えるのである。
 例としてウィリアム・ジェームズの説をあげている。ある事柄が起きたとき、まず心の動きがあってそのあとに身体の変化が起きるのではなく、まず身体の変化が起き、それによって心(情動)が生まれるというのだ。悲しいから泣くのではなくて、泣くから悲しいというわけである。
 しかし著者はすべての心がこのように生じるといっているのではない。動きと心の関係を3つに分けている。口に食物を入れたときに唾液が出る反応のように意志とは関係のないレスポンデント反応。字を書こうという意志によって筋肉が鉛筆を動かすというような意志的なオペラント反応。そしてこれら2つの反応のどちらもできるレスペラント反応である。たとえば寝ているときにする無意志的な呼吸はレスポンデント反応であるが、ラジオ体操の時の深呼吸は同じ呼吸でも意志的なオペラント反応であり、呼吸とは両者をあわせもつレスペラント反応だというわけだ。著者はこのレスペラント反応を重要視しており、この反応として、呼吸、筋反応、表情、発声、姿勢、歩行、対人空間、対人接触について詳説している。
 レスペラント反応が重要だと考える根拠は明確には本書に記されていないと感じたが、おそらくこのことは自明であると著者は考えているのだろう。というのも、この反応はまさに「動きが心をつくる」ことを説明しているものだからだ。下を向いてばかりいると鬱っぽい気分になったり、元気いっぱいに歩いていると心も向上してくるというのは、誰もが経験していることなのではないだろうか。
 心の問題を扱うのは難しいと感じる。本書でも前半部分は科学的な説明がなされていたりするが、後半になると観念的な説明に終始している。おそらく「動きが心をつくる」のは本当のことだと思われるが、まだ理論が実践に追いついていない印象を受ける。最終的には、動き(行動)によって大脳がどのように発達していくのかを説明できるようになるといいのであろう。また、動き(行動)自体が大脳系を経ないで直接心を形成するということもあり得ないことではないのだと思う。そこまでの道のりは決して平坦ではないだろうが、それらの解明を待ちたい。

shizukiaki

札幌で絵やイラストを描いています。音楽や読書も好きなので、ブログではいろいろなジャンルの投稿をしています。