『生物多様性を考える』池田 清彦

 中公選書。
 何年も前から生物多様性のことが今ひとつぴんとこない。それで以前『生物多様性100問』(木楽社)なんて本を読んだりもしたのだけれど(私の記事)、やっぱり腑に落ちない。その後ずっとうっちゃっていたのだが、本書を店先で見つけ、池田の書いている本なら、と思って読むことにした。
 なぜ生物多様性のことがわからないのか、やっとわかったような気がする。そもそも昔使われていたほぼ等価な言葉は生物学的多様性(Biological Diversity)であり、1986年に生態学者のウォルター・G・ローゼン(Walter G. Rosen)がBiodiversity(生物多様性)という用語を提唱したのが始まりらしい。「logicalを抜いて」と池田が皮肉を込めていうように、「生物多様性」という言葉はある意味プロパガンダのようなものだったらしい。つまり厳密に定義できる代物ではないという。どうりで人によってこの言葉の使い方が変わるわけである。
 そこのところを押さえた上で、生物多様性について考えたのが本書である。ふつう生物多様性は、種多様性、遺伝的多様性、生態系多様性の3つのカテゴリーに分けられるとされる。著者は種に対する深い洞察が大切だと考えており、この部分の説明に多くをさいている。種とは何か、という根本的なところから考察しており、いくぶん専門的なところもある(恐ろしい数の種名が出てくる)。ネオダーウィニズムには批判的で、このあたりの事情を知るのもおもしろい。
 この本を読むと、3つの多様性が何を指すのかがよくわかる。しかし同時に、この3つの多様性の保全を考えたとき、いろいろな矛盾が生じてきたり、そもそもこれらの保全が可能かどうか、よいことかどうか、ということも一概にはいえないこともわかってくる。もちろん著者としての考えはきちんと本書の中で述べられてはいる。人類の福祉に反しないように、というのはひとつのキーワードであろう。生物多様性が大事だということに関しては、著者も他の論者も変わらないのである。ところが生物多様性という言葉はあまりにも多面的なので、ある一面だけを見て論じるとゆがんだ原理主義に陥りかねない。そこのところを見誤らないように、という強いメッセージを感じた。

shizukiaki

札幌で絵やイラストを描いています。音楽や読書も好きなので、ブログではいろいろなジャンルの投稿をしています。