『春愁秋思』空気公団

 2011年。
 大貫妙子にちょっとユーミンが混ざった感じの声だな、と思った。空気公団を聴くのは初めてなのだ。
 穏やかだけれど、清涼感のある音楽。ときにからっと、ときにしっとりとはしているけれど、どれも肌にまとわりつくようないやな感じがしない。曲調もメロディも、耳の邪魔にならない歌詞も、全部がなんだか私に合わせて奏でてくれているかのような心地よさ。手作り感のあふれるジャケットまでいい。
 1997年結成というから、もうかなりの年月が経つのに、私の耳に入ったのはつい最近のことだった。どこだかのCDショップで薦められていたのが目に止まったのがきっかけだったような気もするが、CDを購入したのも随分前でしばらく聴かずにおいたままだったので、今となってはこのアルバムと出会ったきっかけはよく思い出せない。ただ「春愁秋思 空気公団」と手書き風の明朝体で書かれた、駅のプラットフォームにたたずむ3人のメンバーがさりげなく入り込んだイラストタッチのジャケットが、ここしばらくの間私の部屋のひとつの模様となって同居していたという事実だけが、私の中にはあった。そうやっていつの間にか空気のような存在となっていたその模様が奏でる音楽とこうして出会い、実際にこうやってその音楽が部屋に満たされると、それまで模様だけが部屋にあった時間までがなにか大切な意味を持っていたような気がするのだ。「空気公団」という名詞自体が、そんな私の気分を言い得て妙である。そして、エンディングでの「『なんとなく今日の為に』生きているかも」がいつまでも残響となって漂っている。

shizukiaki

札幌で絵やイラストを描いています。音楽や読書も好きなので、ブログではいろいろなジャンルの投稿をしています。