『哲学・航海日誌 I 』野矢 茂樹

 中公文庫。もともと1冊だった『哲学・航海日誌』(春秋社)を、文庫化にあたって2冊にした1冊目。
 「頭が痛い」とあなたが言う。「そうか、それは大変だね」と私は返す。このとき私はあなたの痛みをわかっているんだろうか。たとえあなたが「頭の前の方が締め付けられるようでがんがんする」と言ったところで、私はそれをわかってあげられることはできるんだろうか。当然私は痛くない。あなたが痛がっている姿は見える。そんな姿から類推して、私ならああいう痛みを感じているな、と想像するのか。それでは私の頭が痛いことを想像しているだけではないのか。あなたが痛いことを想像しているのではなくて。
 訳がわからないかもしれない。結局他人の知覚なり感覚(さらにいえば心も)なりを他人である私が理解できるのかどうか。そんなことなんだと思うけれど、例えばこんなネタを使って、日常気にもしていなかったことがよく考えると説明できない、そんな問題を取り上げて丁寧に掘り下げていく。哲学入門書、あるいは哲学エッセイといった感じで、読みやすい。とはいえ私はある程度集中できる環境でないと読み進められなかったのだけれど。
 本書は上で述べたような「他我問題」についての内容が半分くらいを占めていて、あとは「規範の他者」という括りになっている。ただ、後者はちょっと雑多な印象で、意味、根源的規約主義、言語ゲーム、アスペクト論といった問題を取り上げる。
 野矢の挙げる例は絶妙で、語り口もわかりやすい。そしてできるだけ日常の実感に近い解を提示しようとしていることに好感を持てる。中には私の感覚とは相容れないものもあるけれど、哲学ってそういうものかと。

shizukiaki

札幌で絵やイラストを描いています。音楽や読書も好きなので、ブログではいろいろなジャンルの投稿をしています。