『科学を語るとはどういうことか』須藤 靖、伊勢田 哲治

 河出ブックス。副題『科学者、哲学者にモノ申す』。
 物理学者、つまり科学者である須藤は、科学哲学という分野で、理解もしていない物理用語をとんちんかんにつなぎ合わせて論文を作り上げたり議論したりしていることに、腹を立てている。科学哲学なんだから、科学のことをきちんと理解した上で科学の役に立つようなことを議論したり提言したりしてくれよと思っている。そんな須藤の批判、疑問に対して、科学哲学者である伊勢田が、科学哲学が何をしているのかについて丁寧に説明していく。須藤はなかなか納得しない。伊勢田も手を抜かない。とてもスリリングな対談である。
 舌鋒鋭い二人の対談はすんなりとは終わらない。もちろん対談の中で、少しは須藤の見方も変化する。しかし最後まで行っても、須藤の科学哲学に対する不信感は残ったままだ。伊勢田は十分すぎるくらい丁寧に、須藤の方に寄り添いながら解説していると思う。でも二人の間のすれ違いは埋まらない。問題のひとつは、須藤が科学哲学に求める要求あるいはゴールを、必ずしも科学哲学者は目指していないということにある。科学哲学は科学の考え方を使って科学を哲学するのではなく、科学というのがどういう営みなのかについて哲学するのだということが、須藤にはなかなか通じない。すれ違いの原因はこれ以外にもたくさんあると思うが、とにかく、科学者と科学哲学者はここまでわかり合えないものなのか、と愕然とする。
 科学と科学哲学について興味のある人には文句なくおもしろい本だと思う。でも私は須藤の言動にはかなり腹を立てながら読んだ。なぜここまでわからないのだろう。なぜそこまで批判できるのだろう。私はどうも科学側ではなく科学哲学側の人間のようだ。科学側に立つ人であれば須藤の感覚の方が受け入れられるのかもしれない。私は一応理系出身であるが、文系の要素の方が強いのかもしれない。今は、科学することよりも、科学とは何かということの方が、より興味がある。
 余談だが、私の本棚に須藤の上梓した『一般相対論入門』を発見して驚いた(これまた余計なことだが、この『一般相対論入門』は物理と数学が大好きなごりごりの理系の人じゃなければ読み進められないと思います)。

shizukiaki

札幌で絵やイラストを描いています。音楽や読書も好きなので、ブログではいろいろなジャンルの投稿をしています。