『反哲学入門』木田 元

 新潮文庫。
 一般に「哲学」の名で呼ばれているものには2種類あって、その2つをごっちゃに考えるから哲学は難しくなる。神とか、プラトンのいうイデアだとかの超自然的な存在を想定して考える超自然的思考としての「哲学」と、そうではないいわば自然思考としての「反哲学」は別のものだ。だからプラトンあたりからニーチェの手前までの「哲学」と、その「哲学」を批判し解体しようとしたニーチェ以降の「反哲学」は分けて考えなければならない。日本人は超自然的思考はしてこなかったから、「哲学」はよくわからないかもしれないが、「反哲学」ならば理解可能だろう。著者はそういったことを述べている。
 ただしこの「反哲学」という単語が著者独自のものとして使われているのか、それともそういう用語がこの世の中できちんと定義されているのかどうかがよくわからない。例えば本書の中で、ハイデガーの思索の営みをはっきりと「反哲学」と呼んだのはメルロ=ポンティだ、みたいなことが書かれているので、この単語は確かに存在するのであろうが、これと木田のいう「反哲学」が同じものなのかどうかが今ひとつはっきりしない。
 そんなもやもやを心に抱きながらこの本を読んではいたのだが、実のところ結構楽しめた。著者のいう超自然的思考としての「哲学」の歴史もわりと詳しく書かれているので、ギリシャ以降ハイデガーまでの哲学史として本書を読んでもおもしろい。アウグスティヌスやトマス・アクィナスなどのキリスト教神学とプラトン、アリストテレスとの関連性など、ふだんキリスト教とは縁のない私でも興味深かった。
 ただ本当に著者のいうように「反哲学」なら日本人にとっても理解しやすいといえるのだろうか。私などはプラトンのイデアだとかデカルトなどの超自然的思考にとても魅力を感じてしまうので、その辺の著者の言い分には素直に頷けなかった。まあ、哲学に対する好みも人それぞれなので目くじらを立てるほどのことでもないのだが。全体的には哲学史としておもしろい本だと思う。

shizukiaki

札幌で絵やイラストを描いています。音楽や読書も好きなので、ブログではいろいろなジャンルの投稿をしています。