『安全と安心の科学』村上 陽一郎

 集英社新書。
 安全とは何なんだろう。安心とは何なんだろう。それらに向き合うために、安全を科学しよう。たぶんそういう思いで『安全学』という著書を上梓し、「安全学」という分野を著者は提唱しているのだと思う。
 例えば交通事故の場合、警察は事故の原因を人間の不注意だったり無謀さだったりするものに落とし込もうとする。でも実際には原因はそれだけでなくて、標識がきちんとしていないだとかカーブの傾きが事故になりやすい状態になっているだとか、いろんな原因があったりして、事故は起きる。事故の原因を人間の不注意のせいだけにしてしまっては、そのほかの原因を見落とすことにもなり、事故は今後もなかなか減らないだろう。きちんと事故を第三者的に評価して、事故が起きにくい構造を作っていく必要があるだろう。
 医療事故だってそうだし、原発事故だってそうだ。そこでは「フール・プルーフ」だとか「フェイル・セーフ」ということがとても大事になってきて、事故になりそうな状況になっても、事故にまで発展させない仕組みの構築がとても大切になってくる。そんな風に著者は言う。
 もっともである。でもちょっと物足りない。この本では「安心」については軽く触れられている程度でしかないし、「リスク」という概念についてもほとんど書かれていない。私は「安全」と「安心」の違い、あるいはそれらの関係についてこそ興味があって本書を手にした。「安全」と「安心」を同時に満たすことは可能なのか。人々が本当に求めているのはひょっとしたら「安全」ではなくて「安心」の方じゃないのか。そんな私の疑問にはこの本は答えてくれなかった。また、「安全」について語るときには、「リスク」概念は当然ついて回る話だと私は思っていたのだが、著者はこの辺のことについてもうまくかわしている。
 この本はちょっとエッセイぽいのである。「安全学」の紹介書としてはそう悪くはないのかもしれない。でももうちょっと突っ込んだ話を期待していた。あともうひとつ。この本の初版は2005年。つまり東日本大震災での福島原発事故以前に書かれたものである。この事故のあとに出版されていれば、おそらく内容はかなり違ったものになっていたかもしれない。

shizukiaki

札幌で絵やイラストを描いています。音楽や読書も好きなので、ブログではいろいろなジャンルの投稿をしています。