『疑似科学と科学の哲学』伊勢田 哲治

 名古屋大学出版会。
 科学って何だろう。普段私たちは、これは科学的に証明されている、なんて聞くと、それは絶対的に正しいことなんだろうと思ってしまう。じゃあ、科学の顔をしてるけど一般的には科学じゃないこと、つまり疑似科学とされているものは、どういう風に科学的じゃないんだろう。日本人なら、旧約聖書に出てくる、神がすべてを創造したとする創造科学を信じる人は少なくて、ダーウィンの進化論の方が科学的だと思うだろうけれど、創造科学はどうして疑似科学といわれることが多いんだろう。創造科学の場合は、そんな当たり前のことを、と思うかもしれない。でも占星術は?エスパーは?鍼灸とかホメオパシーとかの代替医療は?とかいっていくと、ちょっと困ったように、科学じゃないかもしれないけれど正しいかもしれないよ、と答えたくなるようなものも出てきそうだ。そのうち科学がそれらを証明したら、それらの疑似科学も科学になるかもしれない、との含みを持って。
 このとき、科学と疑似科学の間に線を引こうとすると、意外とその基準を決めるのは難しいと気づく。自分のことを科学者だと思っている人からすると、これらの違いは明白なように感じるだろうけれど、科学とか疑似科学の外側からこの問題を眺めると、そう簡単にはいかない。科学哲学というものは、科学とは何かという問題だけを考えているわけではないけれど、この問題に取り組んできた人も多い。
 この本には、そんな科学とは何かということについて、哲学者らがどのように考えてきて、どのような結論を見いだしてきたのか。そしてその結論の不完全さをどうやって補ってきて、またどんな新しい考えを生んできたのか、ということが、ざーっと、でもきちんと解説してある。
 その解説にはもちろん著者の考えが入っていて、著者なりの結論、それは線引き問題にけりをつけるという明確なものではないけれども、それなりに十分読者が納得できるようなものを用意してくれる。なあんだ、そんなことなら誰でも言えると思う人もいるかもしれないし、それは違う、とか、なるほど、とか思う人もいるかもしれない。著者の結論(らしきもの)よりも、著者が本書の中で否定的に述べていた理論の方にこそ真実がある、と思う人もいるだろう。それはどう読んでもいいのだと思う。本書にはいろんな考え方がたくさん載っている。そういう考え方もあるんだ、こういう考えもあるんだ、といちいち頷いてしまう。それが楽しい。難しいこともいろいろ書かれているし、読んでいて訳がわからなくもなったりするけれど、科学って何だろう、という疑問を持っている人には、おもしろい本だと思う。

shizukiaki

札幌で絵やイラストを描いています。音楽や読書も好きなので、ブログではいろいろなジャンルの投稿をしています。