『言語学の教室』西村義樹、野矢茂樹

  • Post author:
  • Post category:

 中公新書。副題『哲学者と学ぶ認知言語学』。
 「雨に降られた」、「彼女に泣かれた」という言い方はするのに、「昨日、財布に落ちられた」はどうしておかしく聞こえるんだろう。「死なせた」と「死なれた」はどう違うんだろう。そんな言語についてのさまざまな疑問をだしにして、認知言語学者の西村が先生となり、哲学者の野矢が生徒となって対談を繰り広げる。一応先生と生徒ということにはなっているが、野矢の繰り出す質問や意見はなかなか鋭いところをついてくるので、西村がたじたじとなってしまう場面も多々ある。そんな丁々発止のやりとりがまたおもしろい。
 認知言語学は1980年代に生まれた比較的新しい言語学なのだという。ソシュールに始まった現代の言語学はチョムスキーの生成文法に至り、そしてその後認知言語学が生まれる。その流れは継承ではなく対立や発展といった方がいいのかもしれないけれど、とにかくそういう歴史がある。 本書の内容も、生成文法と認知言語学との言語に対する考え方の違いを浮かび上がらせて説明する場面が多い。例えば、文法と、その文が表す意味やそれを発する人の心の動きとの関係をどう捉えるかといったような違いである。
 話題は、文法、意味、受身、使役、メトニミー(換喩)、メタファー(隠喩)などを取り上げている。例えば「村上春樹を読んでいる」とか「夜の底が白くなった」という文をどう解釈するかなど、言われてみるとおもしろい。しかし、認知言語学の議論は興味深いと感じた一方、雲をつかむような捉えどころのなさも感じた。言語学って難しいなと。

shizukiaki

札幌で絵やイラストを描いています。音楽や読書も好きなので、ブログではいろいろなジャンルの投稿をしています。