『消費社会の神話と構造』ジャン・ボードリヤール

 紀伊國屋書店。今村仁司、塚原史、訳。
 モノを買ったり使ったりして消費するということは金銭価値を交換しているということであり、使用価値を利用してるんだと、そう捉えがちだけれど、実際は階級だったり社会的権威、幸福感の差異を示す「記号」に過ぎないんだ。しかもそれはモノの購買だけでなく、ファッションや教養、娯楽、余暇、芸術、暴力という様々なものをも包括する概念なんだ、とそんなことを言っているような気がする。消費ということを経済学で用いるように狭く考えるのではなく、もっと大きなシステムとして考えている。そして今の社会を消費社会と読んでいるのだと思うけれど、私は消費ということをこんなに大きなレベルで考えたことがなかったので、え?消費社会ってこういうことなの?消費社会を担っている人は本当は(無意識的にでも)こんなことを考えて行動しているの?と驚きの連続だった。そこまで深読みしなくてもいいんじゃないかと思うことも結構あったけれど、社会は意外と確固たるシステムをなして動いていて、我々はそんな社会の中で踊らされているだけなのかもしれない(そんなことは著者は言っていなかったかもしれないけれど)。
 とこんな風に感想を述べてみたけれど、私にとっては本書の文体も内容もちょっと難しすぎて、ついていけないところが多々あった。昔はこういう本もちゃんと読めていたと思うんだけど、ふだん新書とか軽い本ばかり読んでいると、かたい文章は読めなくなってしまうんだなと思った。

shizukiaki

札幌で絵やイラストを描いています。音楽や読書も好きなので、ブログではいろいろなジャンルの投稿をしています。