『「空気」と「世間」』鴻上 尚史

 講談社現代新書。
 「空気読めよ」なんて言葉をたまに耳にするけれど、じゃあ「空気」ってそもそも何なの?ということを解説してみせた本。山本七平の『空気の研究』と阿部謹也の『世間とは何か』からの引用が多く、半分くらいはこれらの著作をわかりやすくかみ砕いてみた感じである。
 「空気」と「世間」、そしてそれらの対立概念ともいえる「社会」。日本にもともと根付いているのは「世間」であって、「社会」というのは「society」の訳として近世の西欧思想の輸入とともに日本にやってきた概念なのだという。 これは個人が尊重される世の中でこそ成り立つもので、あまり日本的ではなかったらしい。「社会」はともすれば厳しくて、日本であれば「世間」を後ろ盾にして苦難を乗り越えることもできてきたが、例えばアメリカなどで苦しみから身を守る最後の術は「世間」ではなく、一神教としての「神」なのだ、とする主張はなかなかに興味深い。そのうえで、著者は「世間」を成り立たせる定義としていくつかの要件を挙げ、近年の日本ではその定義にそのまま当てはまる「世間」は崩れてきたとする。そして、その崩れた(流動化した)「世間」こそが「空気」なのだと結論付ける。
 そんな地に足のついていない「空気」を読みながら生きるのに疲れてきた人々は「世間」の復権を求めたりもする。しかし著者が勧めるのは、そうやって「世間」に生きることを目指すのではなくて、「社会」とつながって、複数の共同体にゆるやかに所属することなのである。「空気」にも「世間」にも翻弄されることなく。

shizukiaki

札幌で絵やイラストを描いています。音楽や読書も好きなので、ブログではいろいろなジャンルの投稿をしています。