『自由のこれから』平野啓一郎

 ベスト新書。
 わりとみんな自由に生きたいと思っていて、自由でいたいとも思っている。そこにつながっているのが、貧富の差は個人の自由によって生まれたんだから、自己責任じゃないか、という言い草だったりする。でもそれって本当?生まれたときの環境、その後の人生は本当に個人が自由に選んできたものなの?例えばネットショッピングをしていたら、あなたにお勧め、みたいにどんどん広告が出てきて、そこから次の買い物が始まったりするけれど、それって誘導されてない?共謀罪ってどうなの?
 なんだかそういったような問題意識を持ってこの本は書かれているんだと思う。自由をリスクとして捉える人々がいる。警察は聞き耳を立てる。でも警察自ら監視カメラを町中に張り巡らせるなんてことはできない。ところが住民は進んで監視カメラを至る所に設置していく。お上からじゃなくて、自分たちでどんどん監視社会を作っていく。ああ…
 本書では、3名の専門家との対談の模様を掲載している。デザインエンジニアの田川欣哉氏、法哲学の大屋雄裕氏、生命科学の上田泰己氏。自由という言葉ひとつとっても、視点が違えば論点が変わるんだなという好例。
 さらにその上で、著者は「分人」という概念を提唱する(かなり以前から主張していたようだが)。「個人」ではなく「分人」。個人一塊ごとに議論するのではなく、個人の中に多数の人格を持たせて、場面場面で違うパーソナリティを発現するイメージだろうか。でも多重人格というのではなく、うまく社会の中でそれらを使い分けていくような感じ。分人についてよい説明は私にはうまくできないので、興味があれば平野の著作群を参照して欲しい。とにかく、本書は、その分人という概念を持ち出すことで、これからの自由の問題も解決できないだろうか、という問いかけであったりもする。
 などとこれまで私の破綻した文章をあれこれ書き綴ってきたけれど、なぜこんなにぐちゃぐちゃな読書感想文になっているかということについては、ふたつの理由があると思っている。第一に、今こうしてパソコンに向かっている私が疲れ切っていて思考能力が著しく衰えていること。第二に、平野による自由の論議が今ひとつまとまりがなくて、彼の考察の跡がよくわからないこと。というわけで変なブログになってしまってすいません。

shizukiaki

札幌で絵やイラストを描いています。音楽や読書も好きなので、ブログではいろいろなジャンルの投稿をしています。