『最後の資本主義』ロバート・B. ライシュ

 東洋経済新報社。雨宮寛、今井章子 訳。
 アメリカを念頭に置いた評論だけれど、それ以外の資本主義国家、例えば日本のような国にも当てはまる部分がかなりあるように思う。
 資本主義を語るとき、我々は「自由市場」とそれに介入する「政府」という対立軸で捉えがちだが、それは違うと著者は主張する。「自由市場」はそれ単独で確固たる位置づけをされているものではなく、規制や税金の仕組みなどを通して「政府」がつくっているものなのだという。対立じゃなくて内包といえばいいだろうか。そしてその「政府」に介入しているのが、まさに大企業や金融業界、個人資産家たちであると指摘する。これらの富裕層が献金やロビー活動を通じて、自分たちの都合のいいような社会の仕組み(ルール)を作り出しているというのだ。すぐにはピンとこないかもしれない。例えばここ数十年で一般企業の給料はほとんど変わらないにもかかわらず、CEOなどトップクラスの資産は劇的に増大した。それはCEOらの能力が上がったせいなのではなく、富めるものはより富めるように、彼らが政治を通じて社会の仕組みを変えてきたせいなのだという。
 資産が一般市民から富裕層へと流れていく現在の社会の仕組みがこのままさらに進むと、資本主義は回らなくなると警鐘を鳴らす。簡単に言うと、モノやサービスをつくったとしても、それを買える余裕のある中間層がいなくなってしまうから。でも意外と著者は楽観的だ。これまでも資本主義の危機は数多く訪れたが、そのたびにそれを乗り越えてきたのだからということらしい。実のところ私は、タイトルの「最後の資本主義」の意味するところはわからない。原題は『Saving Capitalism』となっていて、素直に訳すと資本主義を守っていくためには今のままではだめで、それらの方策を考えていかなければならない、ということを含意していると捉えるのが自然だろう。あとがきでは、これから採るべき資本主義が「最後の」であって、今の資本主義が最後というわけではなさそうだが。
 いずれにしても、今の経済のルールを作っているのは富裕層であるが、今後はそれ以外の人たちがルールをつくれるよう、皆で行動していかなければならないし、行動できるはずだと著者は言う。すべては資本主義を守るために。

shizukiaki

札幌で絵やイラストを描いています。音楽や読書も好きなので、ブログではいろいろなジャンルの投稿をしています。