『須賀敦子全集(第7巻)』須賀敦子

河出文庫。

1960年から62年にかけてコルシア・デイ・セルヴィから刊行された須賀敦子自身の手書き原稿の自費出版による小冊子「どんぐりのたわごと」全15号と、1971年1月から7月にかけての日記が収められている。

私が初めて須賀敦子の文章を読んだのは、1992年刊行の『コルシア書店の仲間たち』で、その作品に心を奪われて、以来彼女のファンである。須賀は1960年代から自費出版や、その他翻訳などを手がけているが、創作としてのメジャーデビューは1985年の『ミラノ 霧の風景』なんだろうと思う。

だからこの第7巻は、彼女のメジャーデビューの15年近くも前に書かれた文章ばかり集めていることになる。

いわば原点といってもいいような。

コルシア書店はミラノにかつて存在した書店で、旧態依然としたカトリック教会が主流をなしていた戦後のイタリアにおいて、カトリック左派あるいはあたらしい神学寄りの活動を行っていたという点で、ユニークな存在だったらしい。

そこに出入りしていて、ある意味コアなメンバーであり敬虔なキリスト教徒でもあった須賀が、宗教をどのように捉えていたのかが伺えて興味深い。

「どんぐりのたわごと」には彼女作の童話や、ウンベルト・サバの詩の邦訳も掲載されているけれども、その他のほとんどを占めているのはキリスト教に関する文章の翻訳である。

神学者の講演だったり著述だったり、キリスト教徒の祈りの言葉だったり。

キリスト教についての本はこれまでもたくさん目を通してきたつもりだったけれど、この「どんぐりのたわごと」と日記を読んではじめて腑に落ちたことがたくさんあった。

当たり前のことなのかもしれないけれど、仏様も神様もごちゃまぜにして生きているたいていの日本人と、まじめに神について考えているキリスト教徒との間には、大いなる断絶がある。

あ、根本的な世界の見方が双方でこんなにも違うんだ、ということが今回ほど痛感したことはなかった。

いいとか悪いとかではなくて、文化とか宗教ってこんなにも互いに理解することが難しいんだという現実。

そんな中にあって、どっちの世界もよく理解した上で、どうやったらこの状況を改善していくことができるのかについて、須賀はもがき続けていたのかもしれない。

そんな気がした。

shizukiaki

札幌で絵やイラストを描いています。音楽や読書も好きなので、ブログではいろいろなジャンルの投稿をしています。

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