『象徴天皇制の成立』茶谷 誠

NHK出版。昭和天皇と宮中の「葛藤」。

日本国憲法の第一章は「天皇」に関することが書いてあって、全8条からなる。例えば第一条。

第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

以下いろいろと続くんだけど、ここで世界でも類を見ない象徴天皇制ってのが出てくる。今まで世界で存在したことのないこの制度がどうやって生まれてきたんだろう。そしてそれが生まれる際にはどんな駆け引きが行われていたんだろう。そんなことがこの本では書かれている。

もちろん日本が負けたから日本国憲法が生まれたんだろうけど、その裏にあったGHQ側、日本政府、天皇側の論理や認識の違い、その対立過程で生まれた色んな駆け引き、葛藤が、時代資料を基に考察されていておもしろい。

昭和天皇に関しては、連合国側からしても国内の一部の世論からしても戦争責任をどうするか、ってことがもちろんあったんだけど、マッカーサー以下GHQとしたら昭和天皇を罰したらこの先日本をまとめるのに苦労する、という見立てがあったからこそ、天皇制度を残すことにした。

でも、明治以降の大日本帝国憲法みたいに権限を持たせちゃったら、また戦争をおっぱじめるかもしれない、という危惧があったんだろう。だから政治権力を持たせない、ただの「象徴」として天皇を定義し直した。国家元首じゃなくてね。

ただ、この本を読むと、昭和天皇はこういった意味では「象徴天皇制」を捉えていなかったみたい。

昭和天皇は、存命のうちずっと、政治に関わりたかった節がある。イギリスの議会民主制って、首相とは別に確固たる地位として王室があるじゃないですか。イギリス王室は政治的発言もしたりする。昭和天皇は象徴天皇制をこういう風に理解していたっぽい。

戦後に生まれ、戦後の社会教育を受けてきた私たち世代の象徴天皇制の考え方とはちょっと違う。

いや、戦後生まれをこうやってひとくくりにしちゃダメか。明治以降の天皇のあり方を、それが正しいと信じる人もたくさんいるし、象徴天皇制を理解した上であえて違う方向性で天皇を利用しようとした人もいるから。どっちがいいとか悪いとかじゃないんだけど。

当時の資料を見ると、まさに激動ですね。いろんな考えがぐちゃぐちゃしてる中で、なんとか象徴天皇制をつくりあげていった経緯がよくわかる。

いや、よくはわかんないか。よくこの制度を作り上げたな、と思う。この過程で、歴代首相としてはわりと地味なイメージのあった芦田首相が結構重要な役回りを演じていたのが、私としては意外だった。

最後の方にちょっとだけ言及があるんだけど、明仁上皇(平成天皇)は昭和天皇とは違って、政治に関わらないという現行憲法の規定を忠実に守っていたようだ。戦前を引きずっていた宮中と、戦後教育の元で育った上皇の違いなのかな。

これから皇室はどうなっていくんだろう。皇位継承者少なすぎない?とか、いろいろ心配。

shizukiaki

札幌で絵やイラストを描いています。音楽や読書も好きなので、ブログではいろいろなジャンルの投稿をしています。