『文読む月日(上中下)』トルストイ

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ちくま文庫。北御門二郎 訳。

「ふみよむつきひ」と読みます。トルストイが晩年にまとめた古今東西の箴言集。と言いつつ、トルストイ本人による文章や短編なども含まれています。1月1日から12月31日まで毎日10編ほどの文章が並んでいます。上中下巻の3巻あるので、結構な分量です。

宗教や道徳倫理的な話題がほとんどです。キリスト教に関するものが多いですが、仏陀や孔子、老子などの言葉も含まれており、トルストイの気に入った言葉は宗派関係なく広く集められている感じです。

彼が生きたのは1828年から1910年。ここに取り上げられている文章の中には現代の日本から見ると不適切と感じられる部分も多いけれど、それは時代が違うのでそういうものだと思って受け止めるしかない。今ならコンプラ違反として叩かれそうだという意味ですね。

さらに言えば原始キリスト教的な宗教観が前面に出ている印象があるので、ふだん宗教をあまり意識していない私からすると、へえ、そういう考えもあるんだという発見の連続でした。

とはいえ、正直なところこの本の中で、それ賛成!とすぐに手を挙げられる文章は半分もなかったです。それは私が神様の存在をア・プリオリに信じているわけではないせいなのですが。

ちなみにこの本によると、このように神様を信じていないことは不幸そのものみたいです。

トルストイがこの『文読む月日』の構想を始めたのは、『戦争と平和』や『アンナ・カレーニナ』を書き上げたよりもかなり後のことだそうです。そしてその間にトルストイの思想的な転換もあったということで、本書の内容をそのままトルストイの文学の思想的背景と考えるのは危険です。あくまで晩年のトルストイの思想を補完するものと考えるのがよいのでしょう。

この3冊を読んでいる間中ずっと考えていたのはプーチンの戦争のことでした。本書で繰り返し述べられていることのひとつが、戦争はキリスト教とは相容れないということでした。トルストイはロシアの文学者ですが、今この世に存命だったとすると、どういう反応を起こしていたのでしょう。そして、本書から透けて見えるトルストイの思想と同様の考えを持つ人が現在のロシアにもいるはずだと思います。そういうことを考え合わせると、ロシア=プーチンと同一視してしまうのは単純に過ぎることがすぐにわかります。

この本に書いてあることのすべてに賛成することはできませんでしたが、本書の底流にある思想を信じている人が国の中心で多数派を占めていれば、決して戦争は起こらなかったんだろうなと思いました。

shizukiaki

札幌で絵やイラストを描いています。音楽や読書も好きなので、ブログではいろいろなジャンルの投稿をしています。